

日本
カイロプラクティックを最初に日本に紹介したのは、パーマー・スクール・オブ・カイロプラクティック卒業生で、1930年代に渡米した十数人のアメリカ留学経験者の一人、川口三郎DCであった。日本では脊椎治療が伝統的な治療方法であったので、カイロプラクティックの評判はよかった。1945年、第二次世界大戦が終わるまで、非西洋医学療法は内務省の地方自治体が管理していた。地域によっては、内務省管轄の警察がカイロプラクターに免許を与えていた。戦後、米占領軍が内務省を解体して、厚生省をつくった。新政策では、脊椎矯正が禁じられたが、他の非西洋医学療法とともに、非科学的であるという理由であった。1947年、鍼灸、マッサ-ジ、接骨、灸などの伝統的な非西洋医学療法を認める法律が成立した。自然療法である電気、温熱、光線、刺激手技など法律に含まれない五種目はその年、法制化を目的に、全国療術師会を結成した。多年にわたる法制化運動の結果
、前記5療法の終身営業を認める法律が1964年に成立したが、法令には今後の新規開業に関する項目はなかった。カイロプラクティックはいま2つの条件によって保護されている。日本国憲法第22条は日本国民に、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を与えている。さらに1960年、最高裁は、無害でかつ法律の定める職業の領域を侵さない限り、治療方法を施すことは合憲だと判断した。1968年、30年ぶりに、アメリカのカイロプラクティック大学でDCを取った最初の日本人が戻ってきた。カイロプラクティックを合法とする有利な法的解釈もあって、カイロプラクティックを海外で修めた多くの日本人が戻って開業するようになった。接骨師、鍼灸師、マッサ-ジ師などの非西洋医学施療者は、カイロプラクティックの理論と技術に刺激を受け、訪日した米国カイロプラクターの多くの技術セミナーに参加した。カイロプラクティック技術は他の治療法の存在を薄いものにしたが、熟練者や非熟練者まで幅広い施療者によって行われる結果
を招いた。カイロプラクティックに人気が出たが、非西洋医学施療者によってその技術が幅広く使われたので、カイロプラクティックは独自のアイデンティティをもつ専門職というより、新しい技術として認識されるようになった。80年代には、多くのカイロプラクティック団体が生まれたが、同時に期間1-3年の訓練プログラムを行う民間のカイロプラクティック学校もたくさん設立された。カイロプラクティック教育水準に関する政府統制はないので、日本のカイロプラクティック学校の水準は国際水準に比べるとかなり低い。法制化運動は続けられていて、全国療術師協会は3つの免許ーカイロプラクティック、電気光線療法、温熱・刺激療法ーの法制化を求めている。1988年、厚生省は、全国療術師会が設立した財団法人・全国療術研究財団を許可した。この動きは、カイロプラクティックなど非西洋医学の許認可問題についての政府の意向を反映したものである。カイロプラクティックと自称する施療者の評価については実にさまざまである。海外のカイロプラクティック公認大学のカイロプラクティック学位を取得した日本のカイロプラクターは約50人いる。日本の電話帳に載っているカイロプラクティックオフィスは800ある。鍼灸、接骨や他の治療に付随したものとしてカイロプラクティック技術を使うカイロプラクティック施療者は3000から5000人いると見られる。日本にはカイロプラクティック組織は少なくとも十数団体あるが、その多くは職能団体という,技術講習を目的につくられている。DC連絡協議会という会員50人以下であるが、公認のカイロプラクティック大学の卒業生だけの組織もある。一般的には、自動車事故で生じた鞭打ち治療に関係しない場合は、カイロプラクティックには保険が効かない。カイロプラクティック治療費は、3000円から5000円(23ドルから40ドル)である。カイロプラクティック健康療法の名のもとに施される措置の技能や内容の水準は施療者によって非常に異なる。その施療の一部でカイロプラクティックを行っている多くの施療者は、接骨、鍼灸、マッサージなどの治療の免許を持っている。X線利用は医師にのみ許されているが、カイロプラクーは患者を医者に送ってX線を撮ってもらうことができる。(資料提供は日本DC連絡協議会と日本カイロプラクティック総連盟)(編注・1991年5月、日本におけるDCの統一組織が作られた〔CCJ〕.また1992年11月、カイロプラクティックの主要12団体が集まって日本カイロプラクティック連絡協議会が設立された)
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ヨーロッパ
ヨーロッパの多くの国では、職業を営む権利は二つの法体系のいずれかで規制される。慣習法の国ではその職業を禁じる法律がない限り仕事ができるが、ナポレオン法典(RomanDuch Law)の国では法に定められていない職業は、違法行為となる。一般 的に,北ヨーロッパの国々では慣習法(コモンロー)であり、中央と南部のヨーロッパはナポレオン法典つまりローマンダッチ法である。
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ベルギー
ベルギー・カイロプラクター協会(BCA)は1931年に結成され、1945年には職業団体として法的に認知された。同協会はヨ-ロッパ・カイロプラクタ-連合(ECU)の一員であり、ベルギーのカイロプラクター78名を代表する団体である。ベルギーでは,カイロプラクティックは公的に登録された職業ではなく、違法な職業ではあるが、黙認状態にあるといえる。(情報提供はベルギー・カイロプラクター協会)
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デンマーク
デンマークで最初のカイロプラクターが開業したのは1920年、5年後の1925年、デンマーク・カイロプラクター協会が設立された。市民による支援組織、デンマーク・カイロプラクティック支援協会(DanishPro Chiropractie Association)も同年に創設された。二つの組織は多くの面 で相互協力し、カイロプラクティックを隆盛に導き、社会的に広く認められる職業に育て上げた。それ以来50年あまり、カイロプラクティックを保護規制する法律は実現していない。然し、229名のデンマークのカイロプラクターは,その業務を禁じる法律がない限りいかなる職業も営むことができるという慣習法のもとで、合法的に仕事をしている。現在では、デンマーク・カイロプラクター協会の会員に限り、カイロプラクティック治療費の一部が国から償還される。民間、組合、企業保険の多くもカイロプラクティック治療費の一部を支払っている。(資料提供はデンマーク・カイロプラクティック協会)
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フィンランド
フィンランドでは12名のカイロプラクターが開業していて、その代表団体は1977年に創設されたフィンランド・カイロプラクティック組合である。会員の多くはアメリカ合衆国カイロプラクティック大学卒あるが、最近開業した6人はアングローヨーロピアン・カイロプラクティック大学(AECC)出身である.AECC大学在学中の10人のフィンランド人が帰国すれば、カイロプラクティックはさらに盛んになるだろう。カイロプラクティックの法律もないし、カイロプラクティックに対する国の治療費償還もない。数ある無資格療法の1つであるが、カイロプラクティックが法的に問題視されることはない。フィンランド・カイロプラクティック組合はカイロプラクターがプライマリーヘルス治療者として合法化されるよう努力している。(資料提供はフィンランド・カイロプラクティック協会)
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フランス
フランスにはカイロプラクティック療法に関する法律がない。フランスはナポレオン法典の国であり、法制化されていない職業は違法である。フランスで開業している有資格のカイロプラクター300人の多くにとって、こうした法環境は当局の嫌がらせをもたらす背景である。フランス最大のカイロプラクティック協会は会員150人の全国フランス・カイロプラクティック協会(ANFC)で、ヨーロッパ・カイロプラクター連合(ECU)の会員である。1984年に創設されたフランス・カイロプラクティック学院(Institutede Francaise de Chiropractic)には、カイロプラクティック学位 取得のため、6年間のカイロプラクティック教育カリキュラムがある。フランス・カイロプラクティック学院の入学資格は、アメリカ合衆国のCCE(アメリカ合衆国カイロプラクティック教育審議会)公認大学の入学資格と同等である。ANFCは公認を得るために活動を続けている。フランス政府は、フランスに権威あるカイロプラクティック養成期間ができるまで、人間に接触する独立した職業としてカイロプラクティックを認めるつもりはないという声明を発表した。フランス・カイロプラクティック学院が今や権威あるものになりつつあるあるので、カイロプラクティック法案の通過に新たな希望が出てきた。
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英国
英国のカイロプラクターは慣習法のもとで合法的に仕事をしている。慣習法では、資格免許とか登録という法的規定がなくても、カイロプラクターは仕事ができる。カイロプラクティック業には教育的職業的資格を認定する政府機関がないので、英国カイロプラクティック協会は会員向けに独自の教育倫理規定を定めている。協会は政府公認を得ようと活発に動いている。カイロプラクティックは政府公認のヘルスケアではないので,国家の償還が適用される包括的社会健康保険制度である国民健康制度(NHS)には含まれない。1965年創設のアングロ-ヨーロピアン・カイロプラクティック大学(AECC)は、ロンドン効外の小さな海辺保養地ボーンマスにある。AECC設立の一部は,ヨーロッパ・カイロプラクター連合に属する各国協会会員の資金で作られた。AECC卒業生には、アメリカ合唱国でのDCに該当するカイロプラクティック学士号(BC)が与えられる。(資料提供は英国カイロプラクティック協会)
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アイスランド
アイスランド人が1人、首都レイキャビックで開業している。英国のアングロ-ヨーロピアン・カレッジ・オブ・カイロプラクティック卒業生で、1978年から厚生省発行の免許状で開業している。アイスランドの法律は、ある分野の専門技術を証明する教育を実際に受けた人には免許証を発行することになっている。カイロプラクティックに関する法律は特にない。
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アイルランド共和国
アイルランド共和国にはカイロプラクターが14人いて、半数近くがダブリンで開業している。カイロプラクティック法はないが、職業の行使を妨げる法律がない限り、その職業の営業が許されるという慣習法に従ってカイロプラクターは合法的に仕事をしている。
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イタリア
イタリアでカイロプラクティックを行っているカイロプラクターは約130人と推定される。そのうち10%がイタリア人である。130人のDCのうち40%は個人営業である。残り60%は個人企業に雇用されたり、整形外科や専門家の責任のもとで治療をしている。企業は国民健康保険制度の枠内で行っている。民間のクリニックで最大のものはスタティック・クリニックと称し、約40人のカイロプラクターを雇っている。イタリア・カイロプラクティック協会(AIC)の会員45名であり、ヨーロッパカイロプラクター連合(ECU)の会員である。会員の70%は個人開業者である。1985年からAICに加盟するためには全国カイロプラクティック試験に合格しなければならなくなった。AICの目的は規約で次のように述べられている。カイロプラクター養成のために自由大学研究所を創設すること。カイロプラクティックの科学と技術は、人類に奉仕する独立した明確な職業のためにあること。職業としてのカイロプラクティックの原理をこれからも維持すること、つまり人体の構造と機能の関係が人間の健康にとって重要であるという原理を守ること。(資料提供はイタリア・カイロプラクター協会)
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オランダ
オランダでは、カイロプラクターが1968年から開業している。現在53人の開業者がいて、15年前に設立されたオランダ・カイロプラクティック協会(NCA)がその代表団体である。カイロプラクターは法律に登録された職業ではないが、慣習法により、それを禁じる法がない限りどんな職業も営むことができる。カイロプラクティックという職業を規制する政府委員会がないので、NCAは職業の自主規制として、会員資格を定めている。NCAの会員になるためには欧州共同体(EC)の市民であり、合衆国カイロプラクティック教育審議会(CCE)公認の大学またはそれに順ずる大学を卒業しなくてはならない。多くの保険会社(政府も民間も)はNCA会員に対し、カイロプラクティック治療費のかなりの部分を払い戻ししている。オランダ政府は現在、国民健康保険制度を検討する予備調査に入っている。この調査では、カイロプラクティックをはじめとする西洋医学以外の治療方法についても検討する予定である。数年前、「新しい健康職業」の重要性に関する政府委員会は、教育水準を根拠に、カイロプラクティックが最も優れていると評価した。NCAは政府委員会を組織して、スイスのカイロプラクティック法と公衆健康衛生での効果を調査するためにスイスに派遣した。(資料提供はオランダ・カイロプラクティック協会)
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ノルウエー
ノルウェーのカイロプラクティックは1988年2月18日、法律で認められた。ノルウェーにはカイロプラクターが120人いるが、ノルウェー・カイロプラクター協会に加盟しているものは少ない。同法では、カイロプラクターは患者のX線撮影を病院に依頼したり、他の診断画像を利用する権利がある。1975年、ノルウェー議会の指令により、カイロプラクティックは国民健康保険に組み入れられた。然し、その適用には医者の紹介という条件付で、償還される保険金額は、費用の25パーセントで、年間10回に限られている。X線撮影と診察はその対象外である。
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ポルトガル
ポルトガルでは2人のカイロプラクターが開業している。ポルトガル人とアメリカ人である。ポルトガルはローマン・ダッチ法の国であり、法制化されていない職業は違法とされている。カイロプラクターは法的保護を受けられないが、その営業は規制されていない。
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スペイン
スペインで最初のカイロプラクターが開業したのは1940年代半ばである。スペインでは現在、22人のカイロプラクティック・ドクターがいて、18人がスペイン・カイロプラクティック協会(AEQ)の会員である。カイロプラクティックは、スペインでは法的に認められた職業ではない。法制化のための努力が行われていて、折衝相手である議会健康委員会はカイロプラクティックの法制化問題を検討すると思われる。議会与党である社会党は規制と法制化に関心を寄せている。ところが、カイロプラクターは徴収した料金に付加価値税を払っているので、財政面から見ると、カイロプラクティックは健康関連職業に含まれている。つまり、患者は他の医療費と同じように、カイロプラクティック治療費を税申告して償還してもらうことができる。EC共同体の住民は開業には居住許可だけでよいが、他は居住許可と労働許可がいる。スペインは失業率が高いので、政府は労働許可の発行を制限している。(資料提供はスペイン・カイロプラクティック協会)
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スウェーデン
最初のカイロプラクターがスウェーデンで開業したのは1920年で、1936年にスウェーデン・カイロプラクティック協会が設立された。それ以降、スウェーデンのカイロプラクターの人数は30人以下であったが、近年増加し現在では76人のカイロプラクターが開業している。カイロプラクター法は1989年に設立した。1988年に発表されたスウェーデン厚生省の「代替医療に関する報告書」の結果、法律ができた。医療委員会は、独自のプライマリ・ケア提供者としてカイロプラクターを公認し、国民保険制度に組み込むように提案した。(資料提供はスウェーデン・カイロプラクティック協会)
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スイス
1900年代初期スイスでは、カイロプラクティックの先駆者は迫害され投獄されたこともあったが、今日スイスはカイロプラクティック法のモデルとなっている。カイロプラクティックは全面的に公認されていて、プライマリ・ヘルス業として法制化されている。 これは、患者管理、診断、X線撮影、物理療法、研究施設を利用する権利や保険適用などの職業上の権利を完全に持つということである。スイスにおけるカイロプラクティックの位置付けは歯科や足病学のように、科学的医学の独立した一分野である。カイロプラクターの団体はスイスカイロプラクター協会である。スイスは26州からなる連邦国家である。各州は独自の規定によって、健康関連業を公認登録する権利を有する。だが、各州内部で特定数の市民が規定修正を要求すると、修正案は投票に付される(州民投票)。多くの州におけるカイロプラクティックの地位は、これら市民運動によって達成された。カイロプラクティック法を最初に成立させた州は1937年のルツェルンであり、最後に成立させたのは1974年のベルン州である。州で独自の資格や治療分野を決めているものの、カイロプラクティック法は全体で見ると似たものになっている。業界業務は,5人のカイロプラクターとさまざまな専門分野の医師5人で構成される委員会、カイロプラクティック州合同委員会によって定められている。115人いるカイロプラクターのうちスイス人でない者は少数であるが、国籍の無い物に労働許可はすぐに出ない。また外国人にも特定の期間、スイスのカイロプラクターの保証人の元でインターンをすることが法で定められている。カイロプラクティックは全保険会社によって完全に認められていて、カイロプラクターに治療費の100パーセントを払い戻す。(資料提供はスイス・カイロプラクター協会)
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西ドイツ(旧)
旧西ドイツでは、1939年健康施療者(ハイルプラクティカー)法令によって、準医学的健康療法が認められている。法令では、カイロプラクティック、ホメオパシー、ナチュロパシ-、鍼灸、そして小外科まで広範な施療を認めている。法の下で6000人以上の健康施療者が活動しているが、そのあいまいな内容の基準が批判されている。医師会はハイルプラクティカー法令に反対し、法令の定める施療者との協力を禁じる医師倫理綱領を作っているほどである。旧西ドイツで開業するカイロプラクターは、健康施療者免許を取得しなければならない。ドイツ市民だけに免許試験の受験資格があるドイツ・カイロプラクター協会は1980年に創設され法的に登録され、9名の正会員と2名の名誉会員がいる。文部大臣がカイロプラクティックの専門教育と専門家としての教育内容を検討してから、カイロプラクティックでのDCの使用は許可された。学位の認知を受けた3人のカイロプラクターは、ロサンゼルス・カレッジ・オブ・カイロプラクティックとクリーブランド・カレッジ・オブ・カイロプラクティック・オブ・カンザスシティーの卒業生である。ヨーロッパ、カナダそして合衆国の3大学出身の3人は許可されなかった。カイロプラクティック教育審議会を学位認知団体として認めるようにという科学大臣に対して出された訴訟は認められず、現在訴訟中である。(資料提供はドイツ・カイロプラクター協会)
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太平洋地域
カイロプラクティックが最初に太平洋地域に紹介されたのは1900年代初期、ニュージーランドで、数年後、オーストラリア、日本、香港やその他の国々に紹介された。カイロプラクティック教育を実施していたのは北米の学校だけだったので、20年代と30年代はほとんど広まらなかった。その後の10年間は戦争のため、太平洋横断が全面的に禁止されたので、発展が阻まれた。戦後、熱心な学生勧誘、海外旅行緩和の結果 、またオーストラリアにもカイロプラクティック・コースができ、開業者の人数が増えた。しかし、国際レベルの教育が南半球で行われるようになったのは1975年のことで、太平洋におけるカイロプラクティックの法的認知、自立的成長や独自の発展などに活路を開いた。
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オーストラリア
オーストラリアで最初に開業したカイロプラクターはハロルド・ウィリアムズDCといわれ、1919年、シドニーで治療をはじめた。その後もカイロプラクターは増え、1938年には22人でオーストラリア・カイロプラクター協会(ACA)を結成した。1943年、ビクトリア州で開業していたカイロプラクターが別組織を作ったが、1961年にACAといっしょになった。カイロプラクターの発展は第2次世界大戦によって妨げられたが、オーストラリアに戻ったカイロプラクティック大学の卒業生が熱心に学生を勧誘し始めた1949年には再び発展し始めた。もっとも目覚しかったのはビクトリアで、海外で勉強したカイロプラクターの数は1949年の7人から1960年には40人に増えた。カイロプラクティック授業をカリキュラムに入れた最初の教育機関は、PAXカイロプラクティック・カレッジだった。その40年間に自然療法訓練コースが無数にできたが、その多くは何らかの形で矯正術を教え、そのプログラムの中にカイロプラクティック・コースを取り入れるものもあり、カイロプラクティックの免状を出すところもあった。然し、北米のカイロプラクティック大学によって設置された水準に達したものはなかった。1959年に設立されたシドニー・カレッジ・オブ・カイロプラクティックだけが、カイロプラクティック教育施設として運営されてきた。オーストラリアの教育コース修了者やカイロプラクティックや他の矯正技術を実習や独学で学んだ者たちがさまざまな団体を結成したが、1970年代にはオーストラリア・カイロプラクター統一協会のもとに結集した。ヘルスケアの規制は州と地域の責任であるが、オーストラリアの8つの州や地域のカイロプラクティックに関する政治的法制度は多様になった。カイロプラクティックの開業がオーストラリア全土で法的に認められるようになったのは、1985年のことであった。登録例令すべて「カイロプラクター」の肩書きの使用をウエスタンオーストラリアを除いて非登録者には禁止し、オステオパシ-についても規制し、またウエスタンオーストラリアとビクトリアを除いて、カイロプラクティック、オステオパシ-やマニピュレーションの施療を登録者や特例者(医師や物理療法者)に限定した。 カイロプラクティックは、登録法にいろいろな形で定義されたり、まったくされなかったりした。登録が始まってから、何年間もカイロプラクティックの地位 に悪影響を与えていた未熟者や自称施療者の増加がとまった。 大部分の地域では、自動車事故や労災保険でカイロプラクティックの適用を認めている。1980年代半ばには、州、地域全部で、高騰する医療費と制度の不平などを理由に、補償制度全体の見直しが始まった。カイロプラクティックは、基本医療費の85%と入院費の大部分を支払う連邦政府保険制度(メディケア)には含まれていない。1970年代はじめに、オーストラリア・カイロプラクティック教育審議会とオーストラリア・カイロプラクター協会(ACA)は、オーストラリアにおける近代的カイロプラクティックのカリキュラムの発展について研究を行った。1974年、ACAのヴィクトリア支部の提案の1つが全国的支持を得て、1975年インターナショナル・カレッジ・オブ・カイロプラクティックがロイヤルメルボルン工科大学の教授陣の援助を得て、創設された。その年、アンドレイ・クレーハンズDCが学長に任命され、大学はプレストン(現在はフィリップ)工科大学(PIT)のキャンパスに移され、メルボルンの大学よりもっと直接的な関係を持つことで合意いした。1980年、応用科学の学士号(カイロプラクティック)が州の学位認定当局であるビクトリア・インスティテュート・オブ・カレッジによって認められた。翌年、オーストラリア政府からの全面 的な資金援助を得た。ついで、PITスクール・オブ・カイロプラクティックは1984年、オーストラリアカイロプラクティック教育審議会によって公認され、ついで、合衆国とカナダのカイロプラクティック教育審議会による相互協定と合同審査によって認められた。オーストラリアのカイロプラクティックの登録によれば、1900人のカイロプラクターが開業していて、ニューサウスウェールズとビクトリアに最大数の開業者がいる。(資料提供はオーストラリア・カイロプラクター協会機関紙、メアリィ・アン・チャンスDC)
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グアム
グアムはアメリカ合衆国内務省の管轄下にあり、合衆国憲法下にある。カイロプラクティック法案は、1973年に可決され連合保健審査委員会が規制にあたっている。だから詳細なカイロプラクティック法はないが、審査委員会の規制や規定がカイロプラクティック治療のパラメーターになっている。グアムで開業する3名のカイロプラクターが作る団体、グアム・カイロプラクター協会は詳細なカイロプラクティック治療法案を成立させるため、担当官庁に働きかけている。カイロプラクティック治療は労災保険に含まれるが、他の連邦・民間保険から除外されている。(資料提供はグアム・カイロプラクティック協会、1986年)
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香港
カイロプラクティックを最初に香港で開業したのはアメリカ人のモルゼンDCで、パーマー・スクール・オブ・カイロプラクティックの卒業生であった。1968年に設立された香港カイロプラクター協会には15人の会員がいる。職業としてのカイロプラクティックを保護規制する法律はない。カイロプラクターは麻薬や手術を行わない限り、自由に営業できる無許可健康施療者の一員に過ぎない。何年にもわたって、香港カイロプラクティック協会はカイロプラクティック法案実現に向けて運動しているが成果はない。法的に問題になっているのが、カイロプラクティックのドクターが資格もないのに、中国語で医者を意味するイサンを名乗っていることだ。カイロプラクティックには政府補助はなく、民間保険会社数社だけがわずかではあるが払い戻ししている。(篇注、香港ではその後1993年2月に法制化が実現した)(資料提供は香港カイロプラクター協会)
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ニュージランド
ニュージランドで初のカイロプラクティック・ドクターはパーマー・スクール・オブ・カイロプラクティック卒のオッタ-ホールトDCで、1908年にダニディンで開業した。1923年ころには、カイロプラクターは約40人になったが、半分近くは女性であった。その年、ニュージランド・カイロプラクターズ協会が設立された。現在も継続する唯一の代表団体である。カイロプラクティックの法的地位は1949年、放射線物質法の下でカイロプラクターにX線治療を許可する条項が導入されたのが最初であった。カイロプラクティック治療を登録する最初の法律は、司法省管轄の1960年カイロプラクティック法であった。この法律は1982年カイロプラクター法制定まで続いた。1988年5月現在、ニュージーランドで公式登録されているカイロプラクターの数は235人いるが、うちニュージーランドで開業しているものは132人、海外は103人である。カイロプラクティック治療は損害保険の適用を受けるが、医者の紹介がいる。民間の健康保険もカイロプラクティック治療を認めるが、医者の紹介が要り、額も一部である。カイロプラクティックの開業者は毎年、ニュージランド・カイロプラクティック委員会が発行する免許の更新申請をしなければならない。カイロプラクティック診療に限定されるX線撮影の許可も、医者の紹介で、国立放射線研究所から毎年与えられる。(資料提供はオーストラリア・カイロプラクター協会機関紙編集長であり、ニュージーランド・カイロプラクター協会のメアリー・アン・チャンス)
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フィリピン
フィリピンの最初のカイロプラクターは、ローガン・カレッジ・オブ・カイロプラクティック卒のアメリカ人であり、70年代初期に開業した。それから、さらに2人のカイロプラクターが加わった。1人はフィリピン人で、もう1人は結婚して市民権を得た。フィリピンでは、マニュピレーションや他の非西洋医学治療の長い歴史を持っているので、カイロプラクティックは広く受け入れられている。矯正技術を使う骨接ぎも数百人いる。彼らは大部分が独学または子弟関係で伝えられている。その他健康治療者として漢方医がいる。町にもこうした治療者が大勢いる。カイロプラクティックに法的認知はない。カイロプラクティック治療には政府援助はないが、民間の保険会社の中にはカイロプラクティック治療費を認めるところもある。(資料提供はマニラのジェームズ・T・ウー、DC)
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シンガポール
シンガポールにはカイロプラクティックを規定する法律はないが、職業の営業には労働許可(雇用許可証)が必要である。シンガポール共和国には1978年から開業している唯一のカイロプラクティック・クリニックに2人のカイロプラクターしかいない。 雇用許可証が出されるまでには、長く煩雑な登録手続を覚悟しなければならない。それが出されても、シンガポール政府は24時間前の通 告と、審理もなく許可証を取り消すことができる。カイロプラクティック治療に対する政府援助はないが、民間や企業の保険には種々の形で償還がある。カイロプラクティック協会は、カイロプラクターや患者の11年間に及ぶ要求の結果、政府によって法的認可が与えられた。医師以外の健康施療者には、法的には免許も登録もない。カイロプラクターは職業上の行動を規制する種々の医療規定、すなわち広告の禁止規定を遵守する限り「暗黙の了解」で治療を続けている。(資料提供はキャロル・エルダーバーンバウム、DC)
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中南米
一般的に、中央および南アメリカ諸国は人口密度に比べてカイロプラクターの数が少ない。カイロプラクティックの免許制度がパナマ以外の国にないことは明確な事実である。カイロプラクティックはこの地域の多くの国で違法行為であるが、カイロプラクターは多くの場合、妨害されることもなく開業している。この職業の成長の見通しは保証されていない。これらの国々の通貨の大幅な対米ドル切り下げで、中南米の学生が合衆国でカイロプラクティック教育を受けることを経済的に不可能にした。ラテンアメリカにカイロプラクティックの大学がないので、この職業の存続は危機にさらされている。手技治療は中南米の多くの国々で昔から行われており、カイロプラクティックは人々に好感を持って受け入れられている。
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ベリーズ
ベリーズでは2人のカイロプラクターが開業している。法律はなく、ベリーズの慣習法には医師以外の施療者を許可する規定はない。オステオパシー学校がベリーズ大学にあり、オステオパシー認可のために、政府特別委員会は、米国のオステオパシ-大学の教育水準を調査する計画を進めている。カイロプラクターの1人は特別 委員会が米国のカイロプラクティック教育も調査するよう要求している。
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バミューダ
バミューダは総督と議会が統治する英国保護領である。立法府は1620年に遡り、英国保護領で一番古い。バミューダにはカイロプラクターが2人いるが、開業しているのは1人で、8年間営業している。カイロプラクティックは法制化されていないが、禁じる法がない限り許されるという慣習法の解釈で、カイロプラクターの業務は合法である。カイロプラクティック治療は政府保険制度には含まれないが、民間保険の大部分は払い戻す。(資料提供はバミューダ、ハミルトンのドナリド・レイDC)
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ブラジル
4人のカイロプラクターがブラジルで開業している。カイロプラクティックは立法化されていないが、医師の1人は最近、カイロプラクティックを他と異なる技術として認定する民事訴訟に勝った。プライマリ・ケアの健康関連職業としてカイロプラクティックを認知させようとする組織がある。ブラジルのカイロプラクティックには長くて特異な歴史がある。1920年代、カイロプラクティックはウイリアム・F.フィップスDCによって、ブラジルに紹介された。1945年まで、生物学刷新協会およびコロラド州デンバーの自然治療術大学の専門家グループ(カイロプラクターと大学教授)によって、カイロプラクティック・コースが設けられた。コースは1958年から1964年までパラマ州(ブラジル)クリティバで行われた。受講者28人がカイロプラクティックの修了書をもらい、大部分はブラジルで開業し、法的な規制もなかった。 1964年のクーデター後、軍事独裁政権が成立し、カイロプラクティック業は厳しく制限された。1972年、それは医師法違反行為と宣告された。そのために、多くのカイロプラクティック開業者は国外に去るか、または転職した。1982年に、カイロプラクターは1人になった。1984年、軍事政権は支持を失い、1985年にブラジルは民主主義政権に戻った。しかし、全体主義の痕跡は残っていて、政府の公衆衛生部による訴訟の結果、カイロプラクターは8日間投獄された。1986年2月、裁判所の審理によって、1987年8月からカイロプラクティック開業の権利が認められた。(資料提供はブラジル・カイロプラクティック協会)
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コロンビア
コロンビアには2人のカイロプラクターがいる。2人とも首都ボゴタで開業している。カイロプラクティックは外務省に登録されているが、カイロプラクティックの法律はない。ボゴタで開業するための労働許可証はそれほど難しくない。カイロプラクターは、補助的社会保証プログラムであるカハ・デ・コンペンサシオンと契約しているが、カイロプラクティック業務への政府償還はない。コロンビアの経済状態の悪化により、同国の学生が米国のカイロプラクティック教育を受けることは経済的にほぼ不可能なので、職業の将来展望はほとんどない。(資料提供はコロンビア、ボゴタのパウロ・アルシDC)
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エクアドル
エクアドルにはカイロプラクターが8人いる。大多数はエクアドル市民ではないが、無期限の在住ビザをもっている。最初のカイロプラクターは1960年代半ばに開業した。エクアドルにはカイロプラクティックに関する法律はないが、カイロプラクターは移民局の許可のもとで合法的に開業している。エクアドル・カイロプラクティック協会は、法制化に向けて積極的に活動している。エクアドル保健省は、自然治療のための学際組織であるインスティテュート・インドアメリカ-ノ・デ・メディシーナ・ビオロヒコのもとで、カイロプラクティックを認めた。このことは、プライマリ・ヘルスケア提供者として法制化をめざす重要な一歩と考えられる。(資料提供はエクアドル・カイロプラクター協会)
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メキシコ
1989年、メキシコでのカイロプラクティックは法律で定めた健康関連職業になった。それ以前、政府はカイロプラクターを断続的に登録させていたが、同国の40人のカイロプラクターにとって法的にはあいまいな状態であった。最初のカイロプラクター(パーマー卒業生、フランシスコ・モンタオDC)は、1922年にメキシコで初めて開業した。メキシコは明確に登録されていない職業は違法であるというナポレオン法典の国である。メキシコで開業している40人のカイロプラクターのうち5人は登録されていない。代表団体は1984年設立のメキシコ・カイロプラクティック協会(SCQM)である。協会は毎年国際かつ学際的な科学シンポジュウムを開催している。また協会は、公認のカイロプラクティック大学卒の学歴を持つ、カイロプラクティック・ドクターのみを会員として認めている。1988年、ラ・フェデラシオン・ラティノアメリカ・デ・キロプラクティカ、ACと呼ばれるラテンアメリカのカイロプラクティック地域組織が結成された。会員国はボリビア、エクアドル、グアテマラ、メキシコ、パナマ、スペイン(友好会員)そしてベネズエラである。(資料提供はソシエダッド・シエンテイフィコ・キロプラクティカ・デ・メヒコ)
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パナマ
ラテンアメリカ諸国の中で、メキシコとパナマ共和国だけがカイロプラクティックを法制化している。パナマで開業している5人のカイロプラクターは1966年に設立されたパナマ・カイロプラクティック協会に所属している。1967年に採択されたパナマ・カイロプラクティック法により、カイロプラクティックは免許と規則が与えられた。免許を得るためには、パナマ市民であること、公認のカイロプラクティック大学卒業、さらにパナマ・カイロプラクティック試験委員会が行う試験に合格することが条件である(資料提供はパナマ・カイロプラクティック協会、1988年)
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ペルー
ペルーで開業している1人のカイロプラクターは米国市民で、ロサンゼルス・カイロプラクティック大学卒で、クリスチャン・カイロプラクターズ協会の会員である。彼は1960年代中ごろからカイロプラクティック診療所と救急センターを運営している。カイロプラクティック診療に加えて、蛇や昆虫による傷、熱帯病の発生、歯の治療、ちょっとした手術、その他の健康問題にも対処している。ペルーにはカイロプラクティックの法律はない。(資料提供はクリスチャン・カイロプラクターズ協会理事長ロン・マーフィー師、1989年)
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プエルト・リコ
コモンウェルズ・オブ・プエルト・リコは本来はスペイン文化圏の米国自治領である。コモンウェルズという政治的地位 により、島民は内政について米国50州と実質的に同等の権利を持っている。カイロプラクティック法は1952年に初めて制定された。プエルト・リコは米国において最もカイロプラクターの少ない所の1つである。たった27人のカイロプラクターが300万以上の人々を扱っている。カイロプラクターはプエルト・リコ・カイロプラクティック協会に所属している。カイロプラクティック治療に対する政府の(医療)補助はあるが、限定的である。多くの民間保険会社はカイロプラクティック治療費用の一部を払い戻す。(資料提供はプエルト・リコ・カイロプラクティック協会、1988年)
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米領バージン諸島
カイロプラクターは1978年にはじめてバージン諸島において開業する権利を認められた。裁判の判決は、カイロプラクターの免許を拒否した医療審議会に対して、3人のカイロプラクターが起こした訴訟の結果であった。カイロプラクターには適切な教育水準があり、認可されるべきであるという判決を、判事は下した。判決によって、カイロプラクティック業務条例とカイロプラクティック審査審議会が設置された。1987年9月20日、知事はカイロプラクターにX線および臨床検査の特権を認める新しいカイロプラクティックの条例を成立させた。バージン諸島に住んでいる7人のカイロプラクターのうち、わずか3人が年間を通じて開業している。カイロプラクティック治療については、労災保険と政府雇用計画の下に、全面 的に保険がついている。多数の政府関係の労働者がこの島々で雇われている。「ラバー」と呼ばれる伝統的な西インド諸島の施療師が多数いたが、最近は少ない。(資料提供はバージン諸島カイロプラクティック協会)
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ベネズエラ
ベネズエラでは9人のカイロプラクターが開業している。カイロプラクティックの法律はないが、職業は保健省によって登録されている。登録すると、カイロプラクターは、X線や物理療法を含んだ種々の治療法と診断器具の使用を許されている。カイロプラクティックは人々の間であまり知られていないが、医者とは良好な関係にある。ベネズエラのカイロプラクターはオリンピックのチームドクターとして政府から正式に認知された。(資料提供はベネズエラ・カイロプラクティック協会)
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キプロス
キプロスでは3人のカイロプラクターが開業している。3人ともキプロス・カイロプラクティック協会に所属している。カイロプラクティックの法律はない。(資料提供はキプロス・カイロプラクティック協会)
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エジプト
カイロプラクティックの法律はないが、その準備として、政府の調査研究作業が行われている。現在、医師だけがプライマリ・ケア提供者として、法的地位を与えられている。最近まで、カイロプラクターが1人開業していた。(資料提供はエジプト保健省主席整形外科医タラ-ト・ヱゼ-ルディン)
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イラン
現在イランには5人のカイロプラクターが開業している。4人はテヘランに、1人はシラズにいる。全国的な組織はないが、カイロプラクターは定期的に会合を持っている。シラズのカイロプラクターは法務省の許可を得て開業している。彼はX線を撮り、薬剤療法を行い、臨床検査を依頼する権利を持っている。テヘランのカイロプラクターは文部省から非公式の開業許可を得ている。治療内容にはX線、臨床検査、物理療法、限定的な薬物処方(筋肉緩和剤、ビタミン剤とミネラルの補給、鎮静剤)が含まれている。非公式に許可されたのは、同省の高官がカイロプラクティック治療を受けて結果が良かったことからである。カイロプラクティックの法律がないので、許可に伴う条件はない。イランで働く外国人は移民局から労働許可を得なければならない。3人のカイロプラクターはそれぞれ非常に盛業していて、3ヶ月の待ち時間は普通である。さらに多くのカイロプラクターが望まれている。(資料提供はイラン、テヘランのM.ヱトミナンーラッドDC,1988年)
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イスラエル